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2014/06/08 日

(患者を生きる:2516)子に希望を 食物アレルギー:5 ソフトクリームで乾杯:朝日新聞デジタル

(患者を生きる:2516)子に希望を 食物アレルギー:5 ソフトクリームで乾杯:朝日新聞デジタル

 食物アレルギーのある大阪府大阪狭山市の田野ちなりさん(10)。小学校入学後、府立呼吸器・アレルギー医療センター(羽曳野市)の主治医亀田誠さん(50)の指示で、「経口免疫療法」を続けた。計画的に食べて耐性の獲得をめざす。まだ研究段階の治療法だ。

 少量を食べて、症状が出ないかを確かめる。牛乳1滴を含むマドレーヌ、うどんなら乾麺1本から試す。それで症状が出なければ、安全な量を自宅で食べた。

 2011年、小学2年の夏休み。2度入院し、食べる量を短期間に増やす治療を受けた。牛乳を2ミリリットルから始め、200ミリリットルでも症状が出なかった。

 翌12年4月、家族で東京ディズニーランドを訪れた。4年ぶりだった。当時目標だったソフトクリームを初めて口にした。小麦を含むコーンは食べられなかった。家族4人、ソフトクリームで乾杯した。母成美さん(38)は涙が出た。

 その年末、東京都調布市の小学校で、給食をおかわりした際、誤ってチーズ入りチヂミを食べた女の子が全身症状のアナフィラキシーショックの疑いで亡くなった。

 当時、ちなりさんが通う市立北小の校長だった車谷哲明(くるまたにたかあき)さん(58)が教職員に意見を求めた。「不安です」という声があがった。車谷さんは考えた。「担任だけでなく、全教職員が情報を共有できる方法が必要だ」

 職員室の黒板にアレルギーのある子と対象の食品を書き出した。毎日の給食で誰にどんな代わりのメニューがあるか、朝礼で読み上げた。アナフィラキシーが出たときに使うエピペンや緊急連絡先は、誰でも分かるように黒板の下にまとめて保管することにした。

 学校と家庭が協力し合い、子どもを支えていくことが大切だ。成美さんはいまそう感じている。

 ちなりさんはその後、牛乳で発疹など症状が出た。一進一退の状態で治療が続く。今年4月、給食でパンを食べられるようになった。「良かったね!」。喜んでくれる友達に「ちょっとずつやけど」と答えた。

 次の目標は、ハワイへの家族旅行。日本のような食品表示があるか分からない海外で、いつか自由に食事ができたら……。ガイド本を手に想像を膨らませている。

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